通常取り扱っている都市再生は、基本的に商店街などの商業機能、もしくは土地利用という観点からですが、本日は土地利用に関して不動産ビジネスにおいてどのように捕らえられているか、を簡単に概説します。

わが国における戦後の不動産産業の歴史からみると、戦後の混乱の中でなかなか資金調達などが困難なため、民間での再開発事業はそれほど進まなかったようです。その後、神武景気を背景にして第一次ビルブームが到来。資金調達では、建設協力金方式が一般化したそうです。
昭和40年代ごろからは、街区制度や建築基準法の改正などによって高度利用の再開発などが活発化してゆきます。このときにプロジェクトXにも出た霞が関ビルディングなどが建設されたそうです。
さらに昭和60年代に入ると経済成長の鈍化もあり、それまでのビル単位での開発ではなく、エリア全体の再開発事業が行われるようになってゆきます。東京・港区のアークヒルズはこのときの代表例で、東京全日空ホテルやサントリーホールなどが集積する形で再生させられました。しかしその背景には17年にわたる地権者調整があったそうで、この経験はその後の六本木ヒルズにおける長年の地権者交渉に役立ったのかもしれません。

その後バブル景気などを背景に、ビジネスパーク開発や恵比寿などの土地中心部の商業・ビジネス・住居の一体型の再開発も次々と行われるようになったようです。バブル後には、国主導の様々な制度政策が実施されるようになり、それによって民間による再開発事業が活性化が巻き起こってゆきます。

特に近年では都市再生に関する様々な制度が実施されると共に、90年代のリストラの中で売却された大企業の工場跡地などや、民営化などを背景に政府などの所有資産の払い下げなどで都市部に大規模な再開発用地が発生しました。それによって、ここ数年は毎年大規模な再開発都市が誕生するようなラッシュを迎えています。

これを見ると、民間による努力もさることながら、土地利用などは政府による様々な制度が誘導策として顕著に利いているのだと見て取れます。今後の中心市街地の土地利用を考える上で、これまでの制度政策と民間事業との関係性を整理するのは大変重要なポイントであると感じます。

□都市再生 社団法人不動産業協会